「サンタさんだ!」
ベランダから何か物音がし、駿は駆け寄ってカーテンを開け、サッシを開けてベランダに飛び出した。冷たい空気が部屋に吹き込む。
「ちょっと、駿、待ちなさい」
あーっ!ベランダで歓声をあげ、部屋に飛び込んできた駿はサッカーボールを手にしている。
「ママ見てこれ、なんか書いてあるよ!」
興奮気味に言う駿から受け取ったボールには、確かに黒いペンのようなもので何か書いてある。母親は息をのんだ。間違いない。そこに書いてあるのは、何度も練習したあのサイン、加地選手のサインだった。
「ねえこれ、英語で加地って書いてあるんでしょ?そうでしょ?」
「そう、みたいね…、うん、加地って書いてあるわ」
母親が困惑しながら答えたその時、ドアが開いて父親が帰ってきた。なんだ、そういうことか。母親は共犯者の微笑みで父親を迎えた。
「お帰りなさい、寒かった?」
「なにごとだ?」
問いには答えず、ボールを抱えて部屋中を走り回っている駿を見て、父親は訪ねた。
「なにごとって、あなたがベランダに投げ込んだんでしょう?」
母親は声をひそめた。
「投げ込んだって何をだ?それよりユニフォーム買ってきたから、あとで頼むぞ」
「あ、パパ、お帰り、見てこれ加地さんのサイン、サンタさんがもらってきてくれたの!」
え、ああ、すごいなあ、よかったじゃないか。あいまいに答えて今度は父親が聞いた。
「お前か?」
「違うのよ、たった今あのボールがベランダに飛び込んできて。私てっきりあなたかと…」
「やっぱりいるんだ、サンタさんはいるんだ!」
はしゃぐ駿の声を背に、夫婦は開け放たれたベランダの窓から肩を並べて外を見た。ベランダにも公園にも通りにも、人の姿はなかった。冷たい空気と静寂があたりを満たしていた。誰のしわざだろう?本物のサンタクロース?まさかね。表情で伝え合い、窓を閉めようとしたとき、ふたりは聞いた。どこか遠くから風に乗ってかすかに届く鈴の音を。それはしばらく鳴り続け、やがて夜空の闇にしみ込むように消えた。ふたりはもう一度顔を見合わせほほえみを交わすと、そっと窓を閉めた。
「駿、ケーキ食べるぞ!」