三連休のなか日、それもクリスマスイブに出勤する必要はなかった。信吾はただ、アパートにひとりでいたくなかっただけだ。朝から休憩も取らずに仕事にふけり、気がついたら窓の外は真っ暗で、そうやって今日一日をやり過ごした。帰りの電車に乗る自分以外の全員が、なんだか浮かれているように見えた。家族や恋人の待つ家へ帰るのが楽しみでしかたがないというように。都心を離れたこの小さな町の駅前でも、クリスマスのイルミネーションはまぶしかった。信吾はうつむいて足早に行き過ぎた。待つ者が誰もいないアパートへ急いで帰りたいわけではないけれど、イルミネーションを楽しみながら歩くような気分でもなかった。
でももしかしたら今夜こそ…。信吾は自分のアパートの窓に明かりがともっているところを想像した。毎日日課のようにする想像だ。今日こそ彼女がアパートに来ているのではないか。「しばらく離れて考えたい」。一緒にいることのあたり前さに慣れ、仕事とサッカーを優先してばかりの信吾に愛想をつかして、そんな一言を残して夏の終わりに去っていった彼女。彼女はアパートの合鍵を信吾に返していかなかった。だから彼女の言う「しばらく」の時間が経てば、きっと彼女はまた帰って来る。信吾はそう信じたかった。毎日会社から急いで帰り、毎晩ドアチェーンをかけずに眠った。でも彼女は戻って来なかった。信吾には「しばらく」がどのくらいの時間なのか、分からなかった。一日なのか、一週間なのか、一ヶ月なのか。どのくらい待てばいいのか。どのくらい待って戻らなければ、諦めるべきなのか。
いや、あり得ない。きっと今夜も、アパートの窓の中は時間が止まったような暗闇で満たされている。あの日から昨日まで、毎日そうだったように。
「本日開店です。セールやってます」。駅からアパートまでの道の途中に、サンタクロースの扮装をし、顔を隠すほどの白ひげをつけた男が看板を持って立っている。この道の先にオープンした酒屋を宣伝しているらしい。今夜は久しぶりに、アパートでひとりで飲もうか。そして明日は二日酔いで一日じゅう寝ているのもいいだろう。信吾は家への帰り道をそれ、看板が指し示す方へと歩き出した。