「あの、お客さん」。呼び止められた映里が振り返ると、サンタクロースが福引の抽選券を差し出しているのだった。「これ、1回どうぞ」。プレゼントが抽選券1枚とはなんともセコいサンタクロースだが、もちろん彼は本物のサンタクロースではなく、サンタクロースの扮装をした薬局の店員だ。「メリークリスマス」。サンタクロースは、照れ笑いとも泣き顔とも見分けがつかない表情で、そう言った。
映里は歩きながらため息をついた。クリスマスイブの夕方、若い女がひとり大掃除用の洗剤を買って家に帰るのって、そんなに不憫に見えるのか。お買い上げ千円ごとに1枚。薬局のある商店街で開催されている歳末福引大会の抽選券は、映里が買った洗剤1本では本来もらえないはずだった。薬局の店員に同情される私って…。でも、と映里は思う。他人にどう見えようと、私は別にかわいそうじゃないし、寂しくもない。今日私がひとりでいることは、私が望んだことだから。望んだ?本当にそうだろうか。私が望んだのは、こんな毎日を、こんな気持ちで過ごすことだったんだろうか。
けたたましい鐘の音で映里は我に返った。「やったね、おねえちゃん、特賞だよ!」。はっぴを着た中年の男が鐘を振りながら大声を上げ、周りの買い物客の視線が映里に集中する。わー、いいわね、いいなあ。人々は声をあげ、抽選会場はちょっとした騒ぎである。え、何?映里はわけがわからなかった。はっぴの男が、これは来年のワールドカップの何々で、などと説明するものの動転して事態が飲み込めず、ワールドカップ?え、観戦ツアーが当たっちゃったの?どうしよう、ドイツ?有給取らなきゃ、と慌てる映里に渡されたのは、真新しいサッカーボールった。