最悪だ。よりにもよってイブの夜に、車にひかれた。
とは言っても、駐車場から車道へ出ようとしている、ほとんど止まっている車にぶつかっていったのは、ぼんやり考え事をしながら歩いていた僕の方で、転んだのも驚いてしりもちをついただけだ。最悪なのは、車を運転していたのが、ちょっと変わった人だったことだ。
サンタクロースだった。
いや、当然だけれど、“自称”である。自称サンタクロースの中年男。平たく言えば、頭のおかしいオッサン。めんどくさい人につかまってしまった。
「ほんと、ごめんなあ。でも怪我なくてよかったわ。あやうくイブの夜にサンタにひかれてメリー苦シミマス!なんてな。ぶははは」
「…。いや、あの、僕がぼんやりしてたんで、すみません」
「あー、これから彼女と食事なんだ?彼女のことで頭がいっぱいでぼーっとしてたんだろ?」
「そんなんじゃないですよ、いないし、彼女とか…」
彼女のことで頭がいっぱいだったのは本当だった。でもこの場合の“彼女”は恋人という意味の“彼女”じゃない。あの人、という意味の“彼女”だ。彼女は今ごろきっと、僕の知らない誰かと食事でもしているのだろう。
「え?いないんだ。うわー、彼女はいないわ車にひかれるわで最悪だね、ぶはは。あ、失礼、失礼。よし、じゃあお詫びもかねて、寂しい青年になんかプレゼントするよ。それがサンタの仕事だしな。さて、何がいいかな?」
「え、嘘、じゃあデジカメ」
いや、別にオッサンがサンタだと信じたわけじゃない。つい反射的に答えてしまっただけだ。っていうかサンタを自称するなら、せめてそれらしい格好をしたらどうなんだ。イモジャージに薄汚れたMA-1、北の国からの田中邦衛みたいなニット帽って、どんなサンタだよ。
「デジカメ?…あのねえ、デジカメだ時計だバッグだiPodだなんだって、そういうのはそれこそ恋人にでも買ってもらえっての。まいったねえ、サンタが袋を背負ってプレゼント配って回るなんて勝手なイメージが広まっちゃて。サンタがプレゼントするのはそういう物とか商品じゃないの」
「じゃあ何?お金?」
「サンタが国民全員に1万2千円ずつ給付しましょう、ってなんでやねん。財源はどうすんだよ。埋蔵金なんてないぞ。…あのさ、ちょっと考えりゃわかる思うんだけど、サンタがみんなに現金とかデジカメ配るなんて、無理に決まってるだろ。サンタって基本的に無収入なんだぜ?俺が欲しいくらいだよ、デジカメなんて」
「でもさっきプレゼントが仕事だって…。じゃあサンタのプレゼントって、何なんですか?」
「“小さな幸せ”だよ」