今日は加地さんの誕生日で、加地さんもついに三十路に突入である。まあ、30歳になったからといって急にスタミナやキック力が落ちたりするわけでもないだろうから、今年も変わらず右サイドを行ったり来たりし、ふんわりクロスを何本も上げて我々を楽しませてくれるに違いない。
とはいえ、多くのサッカー選手が30代で現役を引退するのもまた事実で、って急に引退なんて言い出したのは、先日の名波浩の引退試合をTVで観て、加地さんが将来引退したときに引退試合をやるとしたら、どんなメンバーが集まってどんな試合になるだろう、などと考えたからだ。
もしこのままガンバで現役を終えるなら、名波の試合と同じように、ガンバでのチームメイトが集まったチームと、ワールドユースや日本代表でのチームメイトが集まったチームとの対戦になるだろう。会場はもちろん万博だ。カジオログでおなじみの面々も両チームに参加しているに違いない。
この日ばかりは加地さんが主役だから、自然とボールは右サイドに集中、左サイドの三都主はピッチサイドにペットボトルを並べて暇つぶし。ゴール前に何度もあがるふんわりクロスに、敵味方問わず我も我もと飛び込む選手たち。ときには逆サイドのタッチラインをも越え、サポーターで埋め尽くされたスタンドにまで届く、特大ふんわりクロスを大サービスする加地さん。
そんな「ふんわりクロス祭」は加地さんらしくて楽しい引退試合になるだろうけれど、やはり1ゴールくらいは主役の加地さんにも決めてほしい。名波の引退試合も、自身の左足で見事な決勝ゴールを決め、その瞬間に試合終了というきれいな幕切れだった。
加地さんのシュートといえばやはり弾丸ミドル。時計の針は90分を過ぎてロスタイム、スタジアムは加地さんのゴールに期待が高まる。宮本、橋本、遠藤とつながったボールは右サイドの加地さんへ。加地さんは中央に切れ込み左足を一閃、ボールは一直線に飛んでいく。
宇宙へ。
そもそも年に一度くらいしか決まらない加地さんの弾丸ミドル、相手DFが空気を読んでシュートコースをあけ気味にしてくれたからといって、そう簡単には決まらないのだった。
打てども打てども枠には飛ばず、宇宙を開発しまくる加地さんのシュート。第4の審判は掲示板の「8」を横に倒してロスタイム「∞」を提示、キーパーの川口はもはやゴールキックを加地さんに直接蹴り返し、他の選手たちもひとり、またひとりとピッチに座り込み、かたずをのんで加地さんのラストゴールを待つ。
前代未聞の数時間に及ぶロスタイムの果て―
深夜のピッチに響く、試合終了を告げるホイッスル。吹いたのは加地さん自身だ。主審は笛を加地さんに預けて、ずいぶん前に帰った。祝福に駆け寄る選手も、スタンドからの歓声もない。終電までにみんな帰ってしまった。
ひとり小さく控えめにガッツポーズをして、記念のボールをゴールネットから拾い上げる加地さん。照明塔の灯を落とし、スタジアムの戸締りをして外へ出る。振り返り、暗く静まり返ったスタジアムに一礼すると、家族の待つ自宅へ向けて駆け出すのだった。