「例えば?」
いや、だから、オッサンがサンタだと信じたわけじゃない。自分でもよくわからないけれど、なぜかつい話しに付き合ってしまうのだった。
「そうだな、きれいな夕焼けに気が付くだとか、電車の乗り継ぎがスムーズにいくとか、ゆで卵の殻がきれいにむけるとか、虹を見つけるとか、そんな感じの、ささやかな幸せだな」
「え、本当に小さいっすね…。もっとないんですか、大金持ち!みたいな、年末ジャンボ的な幸せは」
「…これだ。あのねえ、そもそも幸せってのはもらうものじゃないの、努力して自分でつかむものなの。それをぐーすか寝てる間にタダでもらおうってんだから、どんな小さい幸せでも喜んで受け取れっつーの」
「まあ、そうかもしれないけど…。ところでその幸せには財源っていうか材料みないなものは必要ないんですか?」
「必要さ、そりゃあ。だから1年がかりでそれを集めるんだよ。どっちかっていうと集めるほうがサンタの本業なんだよな、本当は」
「へー。何を?」
「人が純粋に誰かの幸せを願う気持ちとか祈りとか愛情、そういうものだよ。それをみんなから、世界中のみんなから集めるんだ。プレゼントを配るときと同じように、寝てる間にね。サンタは春も夏も秋も休みなく家を回ってるんだぜ。で、集めたそれを“小さな幸せ”っていう形にして、それぞれの相手に今夜届ける。まあ、お歳暮の集荷と配達みたいなもんだな」
「ふーん、なんかイマイチよくわかんないけど」
「だからさ…ちょっと待ってな」
オッサンは車の助手席からノートPCを取り出して来て、エクセルような表を見せながら続けた。
「これ本当は人に見せちゃダメなんだけどね、企業秘密だから。企業じゃないけど。たとえばこれ“タケシが元気でいますように”。東京で暮らす息子の健康を祈る、お母さんの気持ちだな。泣かせるねえ。この気持ちをを小さな幸せにして、タケシのところへ届ける。するとそうだな、タケシが自販機で栄養ドリンクを1本買ったら2本出てくる」
「なるほど…。あ、じゃあ贈ったほうも贈られたほうも、贈ったことにも贈られたことにも気づかないってこと?」
「そういうこと。そこはお歳暮と違う。でも、誰も気づかないけれど、みんながちょっとずつでも幸せになれば、世界がちょっとだけ明るくなる。そのためにサンタは働いてんのさ。案外地味な仕事なんだ。でも素敵な仕事だろ?」